カンテレについて
フィンランドの伝統楽器カンテレ(kantele)は、その創造の様子が国民的叙事詩『カレワラ(Kalevala)』[1]に描かれていることからも広く世界中に知られています。英雄ヴァイナモイネンによって生み出されたカンテレの妙音にあらゆる生物や天地もが聴き入り、物語の最後にはスオミ[2]の民に遺されたため民族意識の象徴として扱われることもあります。
『カレワラ』の世界で誕生した5弦のカンテレはもっともよく知られるタイプで、現在でも多くの奏者・愛好家によって演奏されているほか、フィンランドでは初等音楽教育の場でも活用されています。主に5~15弦で奏でられてきた古い時代の伝統的な音楽[3]を基に、時代に応じて楽器の形態も変化してきました。ペリマンニ[4]音楽の興隆により徐々に弦数も増えていくと各地で特徴的な奏法も生まれ、ペルホンヨキラークソ[5]、サーリヤルヴィ[6]、ハーパヴェシ[7]などの演奏スタイルは生き生きとした大衆音楽の楽しさを今の世にも伝えてくれています。19世紀後半に芸術音楽の場で演奏されるようになると弦の数は40本にまで至りました。カンテレのための楽曲も多く作曲され、近年では現代音楽の発展にも貢献しています。いっぽう、ポピュラー音楽や民俗音楽に新たな息吹を加えたコンテンポラリーフォークミュージックの台頭も著しく、大衆の人気を博しています。
ツィター属に分類されるカンテレは、木製の胴体に張られた弦をはじき弾く撥弦楽器の一種です。弦数に応じて小型カンテレ(5~19弦)と、大型カンテレ(20弦~)に分類され、小型カンテレでは左右両方の手を交差させるように構えて旋律を弾く奏法[8]のほか、不要な音を指で押さえミュートしながらかき鳴らすコード奏法、両奏法を同時に行うミックス奏法が用いられます。大型カンテレでは左手で伴奏、右手で主旋律が奏でられることが一般的です。
カンテレは常に変化を遂げており、奏者・愛好家それぞれが自分にあった弦数、形状、奏法、音楽ジャンルを選び、時に独自の演奏スタイルを確立させながら各々の音楽を自由に飛躍させています。楽器製作者たちは奏者の要望に応え、試行錯誤を繰り返しながら楽器を進化させることで奏者たちを支えています。
さまざまな多様性、可能性のある魅力的な楽器、カンテレ。
ぜひ、自分に適したカンテレの在り方を探ってみて下さい。
- [1] 民俗学者エリアス・リョンルート(Erias Lönnrut)により採集・編纂された叙事詩集。
- [2] 現在のフィンランドを指す。
- [3] 『カレワラ』に代表されるようなルノラウル(伝統詩歌)。
- [4] 生業の傍ら結婚式など地域の祭典で音楽を無償で奏でる楽士たち。
- [5] Perhonjokilaakso;中央オストロボスニアを流れるペルホンヨキ川沿いの渓谷周辺の地域。高音弦を手前に演奏する。フィンランド初の職業カンテレ奏者クレータ・ハーパサロ(Kreeta Haapasalo; 1813-1893)の演奏スタイルとしても知られる。
- [6] Saarijärvi;中部フィンランドに位置する町。高音弦を手前に、木の棒などを用いて演奏するスティック奏法が発展。
- [7] Haapavesi;オウル南部の北オストロボスニアに位置する町。軽快なダンス音楽を中心に高音弦を手前に奏で、著名な音楽一家を輩出している。民俗音楽学者アルマス・オット・ヴァイサネン(Armas Otto Väisänen; 1890-1969)は著書『シンボルとしてのカンテレ(Kantele tunnuskuvana)』の中で「フィンランドでもっともカンテレと民俗音楽が盛んな町」と紹介している。
- [8] yhdysasentoinen
参考文献
- JALKANEN, Pekka – LAITINEN, Heikki – TENHUNEN, Anna-Liisa 2010: KANTELE, SKS, Hämeenlinna
- DAHLBLOM, Kari 2011: KESKI-SUOMEN KANTELE,Saarijärvi
- SAHA, Hannu 1998: The Kantele – From Epic To Eclectism, Finnish Music Information Centre
- カレヴィ・アホ、他 『フィンランドの音楽』 オタヴァ出版、1997年、訳:大倉純一郎
- [WEB] Elävä perintö: Kanteleen soitto ja rakentaminen